知られざるバチカン



バチカン市国の概観 バチカン株式会社



コンシストリィ 300人委員会




2004/1/3  バチカン株式会社追加
2001/6/6   バチカン株式会社追加
2001/5/31  バチカン株式会社UP



バチカン市国の概観


 イタリアの首都ローマ・バチカーノの丘に、高い稜線に囲まれた一画があります。そこがバチカン(ヴァティカン)と呼ばれる、カトリック教会の総本山であり、法王(教皇)庁のあるところです。これくらいなら、大抵の日本人は知っていますが、そこでイメージは終わりとなっているのが多いようです。ごく少数のカトリック関係者を別とすれば、意識の中にバチカンは入ってはこない、というのがほとんどの日本人の現状でしょう。バチカンについて、またバチカンが世界の巨大勢力の1つであることについて見聞きすることはあっても、早々に忘れられています。実際に、バチカンほど大きな影響を与えておきながら、その存在が見えてこないというのは不思議な現象と言えます。

 このHPはこのバチカンにおいて、陰謀、謀略が進行しているとする説を公表するものです。なぜバチカンが見えてこないのかと言うと、それは


その陰謀ゆえにバチカンが見えないからです。


 しかし、陰謀や謀略を明かすにも、まずバチカンそのものを知っておく必要があります。






バチカン株式会社


 バチカンをバチカンたらしめているのは、世界への影響力であり、それを支える経済力です。もともとバチカンは裕福であって、歴代の法王が収集した美術品などは値段のつけようもなく、それでなくとも全世界の信徒からの献金があります。ちなみに信徒一人あたりが1日1円ずつ拠出したとして、年間3000億円という計算になります。ただし、通貨の発効自体はそれほど意味がなく、バチカン紙幣はサイズ、金属含有量、額面、実質価格ともにイタリアの同額紙幣と同じとされており、その発行額は年間1億リラ(約1000万円)を超えてはならず、実際に通用されることもほとんどありません。発効しても信徒らが美術品のようにコレクションしてしまい、逆を言えば発行額以上のものをバチカンは得ています。

 なお、次の法王が選ばれるまでの法王空位の期間は2億リラ、また公会議招集のときは3億リラまで増額が見とめられています。しかし、発効制限のないバチカンの切手は、実際にも使われるほか、世界中で収集されて高い利潤をあげており、同様なことは絵葉書やメダルなどにもいえます。しかし、最も重要なことはバチカンが「原資」を持ったことです。


第1条 イタリアは条約調印とともに法王庁に対して7億5000万リラを支払う
とともに額面10億リラの整理国債を法王庁に対して交付するものとする。


 ラテラノ条約のこと取り決めにより、バチカンが獲得した金銭は当時のレートで8500万ドル、現時価に換算しておよそ10億ドル、1200億円にあたります。これが「バチカン株式会社」の原資になりました。

 「バチカン株式会社」とするのは、この大金を管理するため、ピウス11世(在位1922〜39)は1929年6月7日に財産管理局を設けて、聖職者でもなんでもない「カトリックに改宗したユダヤ人」、ベルナルディーノ・ノガーラという人物を局長に任命して、その運用をさせるようにしたからです。億の金を運用できるようになったノガーラは、もう一つの幸運にも恵まれています。それは


カトリック教会が100年前に、金融業に対する態度を180度転換していたことです。


 それまでは、利子をとって金を貸す行為は一様に悪徳とされており、利率に関係なく、金に金を生ませること自体が神の法に反することとして厳重に禁止されていました。アレス(314年)、ニケーア(325年)、カルタゴ(345年)、エクス(789年)、ラテラノ(1139年)の各公会議は、いずれも金融業の違法性を確認し、


中でもラテラノの公会議は金貸しへの破門を定めています。


 教会のこの態度は、ロシア革命の前哨となるパリ7月革命のあった1830年まで続きましたが、この年ローマで行われた公会議で初めて、悪いのは高利で貸す場合だけとなっています。

 ここで、バチカン市国の組織を言うと、基本的には普通の国家組織と何ら変わるところはありません。例えば教理聖省、司教聖省など、「聖」の1字が入るものの、10の省のもとに裁判所など諸官署と事務局をもって運営されています。違いはまず一つに、国務聖省あるいは法王秘書局という法王を補佐して、事実上法王が委託するすべての事項を取り扱い、さらにバチカンの他の諸機関との連携を密にする、つまりバチカン市国が実際に統一され、この下部にバチカンが諸国政府との交渉を行う機関として「外務評議会」が置かれており、外交に関するものはここを通じて展開される期間があって、これまでにふれてきたように、2つ目として、自国内に向けるものを必要としていないことの2つの違いがあります。

 ここに、イタリア政府の非課税、不干渉が大きな意味があり、その最も重要なものは俗に言う「バチカン銀行」、つまりバチカン株式会社の中核です。元々のバチカン銀行の始まりは、前述のノガーラの権限を拡大することになった1942年6月のピウス12世(在位1939〜58)の宗務委員会の改組です。宗務委員会はレオ13世(1878〜1903年)が1887年に設置した、宗教的事業のために資金を集めて管理する機関で、銀行的な働きはしていませんでした。

 ところが、宗務委員会を改組して作られた「修道会信用金庫」は、最初こそバチカン市国民やバチカンに派遣された外交官、学校や病院を経営する修道士、修道女及び特に認められたイタリア人だけが利用できる扶助組織でしたが、イタリア政府の管理を受けず、また外国送金も自由なため、いつのまにか特権的かつ純然たる銀行と化して今日に至っています。

 ピウス11世がこれらのことを画策していたとしたら、ノガーラは適任であったといえます。彼は就任に際して、自分が行う投資には教義上の立場からは口出ししないことと、世界のどこに投資するのも完全に自由なことを求めたと伝えられていますが、これを法王が承認したためにバチカンは一気に為替投機、株式投資に深く関与し始めて、教会の教えとは矛盾する企業の株さえ進んで買うようになりました。


カトリック教会からは、爆弾、戦車、銃火器、避妊用具を非難しますが、
教会経営のためにはそれをつくる企業の株を所有しても恥じない


 という現象が起こりました

 しかしその結果は、イタリア主要各社にバチカンの利益を代表する者を送りこむまでになっており、一例として、大量投資によりバチカンが発言力を得た銀行をあげれば、ローマ銀行、サントスピリト銀行、ローマ・リスパルミオ銀行があります。このうちローマ銀行の経営が悪化してバチカンが大損害をこうむりそうになったとき、ノガーラはムッソリーニを説得して、ほぼ0近くになった同行の株を国営の証券受託機関IRIに買い取らせました。しかもこの時の相場ではなく6億3000万リラ、現時価換算約540億円で買わせています。つまり、


結局は一般納税者である庶民が、僧の生活を支えるという中世以来の図式でノガーラは危機を
切りぬけました。


 第二次世界大戦時にいち早くこれを見過ごしたノガーラは、バチカン資産のかなりの部分を金塊に変えています。事情通によると、1オンス35ドルで2680万ドルを買い、後に500万ドル分だけアメリカで処分しましたが、このときの利益だけで全体の購入額を上回っています。つまりバチカンは原価2180万ドル分の金塊をただで手に入れたことになり、そのうち1730万ドル分はバチカンの名義となって、アメリカのケンタッキー州フォート・ノックスにあるアメリカ中央銀行、通称FRBと呼ばれる地下金庫に保管されていると言われています。この情報が出たのが1994年であり、当時の価格で2億3千万ドル、日本円で約345億円となっていますが、他の説では50億ドル(7500億円)以上もの金塊をバチカンが所有していると考えられています。

 当時の円レートは約150円、2004年ではおよそ107円となっており、価値が下がったとはいえ、膨大な金額です。ですが、


金の価格を決定できるのはロンドン・ロスチャイルド銀行だけ


なので、つながりの深い両者の間を考えると、単純に利益が下がったとは言えません。

 金塊で利益を上げていたと同時に、バチカンは「正教条約(コンコルダート)」を各国政府と盛んに結びました。1929年にイタリアのムッソリーニと交わしたラテラノ条約もそのひとつですが、1933年にはヒトラー率いるドイツともこれを締結しています。この条約により第二次世界大戦時のバチカンは沈黙を続け、ドイツで徴収される「教会税(キルヒェンストイラー)」の確保となりました。この税はドイツの全勤労者が納めるもので、ドイツ政府に所得税の8〜10%を支払っていました。ドイツ東西統一後の現在はまだ確定はされていないようです。この税金はバチカンだけというわけではなく、分派したプロテスタントにも配分されていました。無宗教であることを届け出れば免除になりましたが、当時は少なかったと言われています。

 このようにして第二次大戦の直前にヒトラーによって集められた教会税は、バチカンに流れました。しかし、財政的に苦しかったドイツは素直に払っていたのでしょうか?。果してヒトラーは、第二次大戦の黒幕であるロスチャイルド家に巨額の金が流れたことを知っていたのでしょうか?。ロスチャイルド家はヒトラーが弾圧したユダヤ人投資家です。ここに第一次、第二次大戦のからくりが見えてきます。おそらくそれを知らなかったと考えられるヒトラーは戦時中でも支払いつづけ、1943年には1億ドルもの金がバチカンに入りました。当時のレートは1ドル360円ですので360億円となり、第二次大戦中の日本と現在の消費者物価指数はおよそ1800倍なので、実に64兆8千億円もの金が動いていたことになります。しかし、ドイツがバチカンに対して支払った金額が正確ではない可能性もあり、実際はそれより低いと考えられます。

 金額の差はどうであれ、バチカンがドイツの財政を逼迫させていたのは事実に違いなく、黒幕がドイツやヒトラーを利用して戦争を起こさせて、莫大な利益を上げたのは間違いありません。キリストを殺したユダを引き合いに出してユダヤ人を迫害したヒトラーでしたが、結局はユダヤ人投資家の私腹を肥やす道化とされてしまいました。彼の著書の中の嘆きは、これらの事実を知ったからではないかと推測することもできはしないでしょうか。

 これらの資金を得たノガーラは、さらに資産の拡大を狙って、バチカン株式会社の触手を伸ばしていきました。先にあげたロンドン・ロスチャイルドやフランスのロチルドとは19世紀初めからバチカンを得意先としています。「ロチルド」とはロスチャイルドの血縁者がフランスで利益を上げる「ユダヤ人投資家」の名前です。読み方が違うだけで同じ一族の人間です。他にもクレディ・スイス、ハンブロス、J・P・モルガン、バンカーズ・トラスト、チェース・マンハッタン、コンチネンタル・イリノイなど多数のロスチャイルドの息のかかった有名大銀行と提携関係を結びました。これの意味するところは、バチカンがGM、ロイヤルダッチ・シェル、GE、ネッスル、ベツレヘム・スチール、IBM、ロイス、デビアスなど、機械、石油、不動産、鉄鋼、IT企業、保険、宝石などといった世界的経済の核となる企業分野に食い込んでいることを物語っています。それには、


黒幕を代表する宗教=バチカン


という、おそろしい構図が見え隠れしています。おもて向きはそのようには見えません。石油の大家であるロックフェラーは、自社ビルに黙示録で書かれている悪魔を意味する数字「666」を堂々と掲げています。


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