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参照図書 聖公会出版「旧約聖書外典・アポクリファ」、講談社「旧約聖書外典上・下」
| 2008/ 1/11 | 正典と外典の歴史 UP | |
| 2000/10/11 | ヘロデ家・家系図 UP |
| 旧約外典の大部分は、紀元前1,2世紀の間に記されたもので、いわゆる聖書中にはダニエル書、ゼカリヤ書の一部以外にはこの時代に記されたものはありません。しかも、これらは歴史書ではないので、
また、パリサイ派、サドカイ派などの歴史的起源を探ることも不可能です。 この書は元来ギリシャ語旧約聖書の正典の一部として伝えられたもので、「旧約聖書外典」といいます。関連箇所参照。 またこれらの外典はギリシャ語で「アポクリファ」とも呼ばれ、「隠れたるもの」という意味ですが本来は「奥義の書」の意味で用いられた一般用語であって、紀元第4世紀までは現在のアポクリファの諸書を指すものとしては用いられませんでした。師父オリゲネスは「アポクリファ」という語を、公の使用を許されない書物の意味に用い、これをいわゆる「アポクリファ」(典外聖書)でなく、一般に「プッウドエピグラファ」(偽典)として知られている諸書を指すのに用いています。それらの諸書は旧約聖典の定められた後、ユダヤのラビたちによって公の使用を禁止されましたが、初代キリスト教会においては、建徳と教養のために自由に使用されました。 「アポクリファ」という語の使用に、根本的な変化が生じたのは、師父ヒエロニムス(紀元340〜420)の時であって、これまでヨーロッパ西部に知られなかった多くの書物が、東部教会から出てきたので、ヒエロニムスはヘブル語旧約正典外の書物に截然区別をつけ、「アポクリファ」という語を初めて現在の、いわゆる「アポクリファ」に用いました。そしてこの名称は、初めはあまり広く行き渡らず、徐々に一般に用いられるようになり、今日に至っています。 ローマカトリック教会においては、紀元1546年トレント会議のときアポクリファ(ただしエズラ第一書、第二書、及びマナセの祈りを除く)を、旧約正典の一部として公認しました。英国聖公会においては、アポクリファを旧約正典には属しないが、「生活の模範及び行為についての教訓」のために、教会にて読まれるべき聖書として公に受け入れました。
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| アポクリファの内容 |
アポクリファは年代的に見ると、大体3つの時期に分けることができます。 |
| 1 | 紀元前200〜100年 | べン=シラの知恵、トビト書、ユデト書、ダニエル書への追加 (アザリヤの祈りと三童子の歌、スザンナ、ベルと竜) |
| 2 | 紀元前100年〜1年 | マカビー第一書、第二書、ソロモンの知恵、エズラ第一書、エステル書残篇、エレミヤの書簡、マナセの祈り |
| 3 | 紀元後1〜100年 | バルク書、エズラ第二書 |
| 歴史 | ・・・ | エジプト・シリアの圧政に対してヘブル精神を守り、祖国を独立にまで導いた勇壮なるマカビー一家の奮闘(マカビー一書、二書)。 |
| 知恵文字 | ・・・ | 箴言の知恵を更に発展させた教育詩(ベン=シラの知恵、ソロモンの知恵) |
| 教訓的な物語 | ・・・ | 麗しい田園詩的なトビト書、愛国の情熱に燃えるユデト書、探偵的な要素を加えたスザンナ、ベルと竜 |
| 黙示文学 | ・・・ | ダニエル書、ヨハネ黙示録と同一分野に入れられるべきエズラ第二書。 |
| その他 | ・・・ | 心霊的なマナセの祈り、礼拝用の賛歌を思わせる三童子の歌、またこの時代には数少ない書簡体の宗教文学であるエレミヤの書簡。 |
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各書解説 |
| 普通「エスドラス書」(Esdras)と読まれますが、ギリシャ語で「s」と「d」が重なりあえば「z」とほとんど同音となり、旧約聖書では「エズラ」であるからここでも「エズラ」と読むことにしました。これはヨシヤ王の時代からエズラ、ネヘミヤの時代に至るまでのイスラエル人の歴史であって、歴代志下、エズラ書、ネヘミヤ記による資料を比較的自由に編集したものです。三章から五章に至る三人の護衛の麗しい物語はエズラ書特有のものです。 ※ 聖公会出版では黙示文学の指摘がありますが、このHPではこの書を予言や歴史の書として扱っています。
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| 正典と外典の歴史 |
| プロテスタント教会で現在「旧約聖書」と呼ばれている書物は39巻の書物の集成となっていますが、その内容はユダヤ教のへブル語聖書と全く同じです。しかしユダヤ教の聖書である旧約聖書は、巻数の数え方もその順序もキリスト教の旧約聖書とは異なっています。これは編纂方法が違うものであり、編集にあたっての考え方の相違が原因です。 下の表はへブル聖典とキリスト教旧約聖書の違いを表したものです。へブル聖典は24巻で三部に分かれており、それぞれトーラー(律法)、ネビイーム(預言者)、ケスービーム(諸書)と名付けられています。この3つの頭文字を合わせて「タナハ」と略称されることがあります。 |
| へブル聖書 | 旧約聖書 | ||||||
| 律法 (モーセ5書) |
預言者 | 諸書 (文学) |
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| 創世記 出エジプト記 レビ記 民数記 申命記 |
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詩篇 ヨブ記 箴言 ルツ記 雅歌 伝道の書 哀歌 エステル ※この5つは合わせて メギロート(巻物)、ある いは「5巻」と呼ばれる。 ダニエル書 エズラ・ネヘミヤ 歴代志上下 |
創世記 出エジプト記 レビ記 民数記 申命記 ヨシュア記 士師記 ルツ記 サムエル記上下 列王記上下 歴代志上下 エズラ記 ネヘミヤ記 エステル記 ヨブ記 詩篇 箴言 伝道の書 雅歌 イザヤ書 エレミヤ書 哀歌 エゼキエル書 ダニエル書 ホセア書 ヨエル書 アモス書 オバデヤ書 ヨナ書 ミカ書 ナホム書 ハバクク書 ゼパニヤ書 ハガイ書 ゼカリヤ書 マラキ書 |
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| へブル聖典の順序は明らかに内容の重要性や、礼拝儀式での用途に基づいて定められており、またこれら24巻の書物が「正典」、すなわち真正な啓示を含む経典として確定された過程を示すものです。これに対して、キリスト教会の旧約聖書
の順序は、紀元前2世紀頃からユダヤ本土以外のいわゆる離散のユダヤ人の間で広く用いられていたギリシア語訳聖書に紀元を発しています。紀元前2世紀、主としてエジプトのアレクサンドリアに住んでいたユダヤ人の間で、ギリシア語訳聖書に対する要求が次第に強くなり、へブル語聖典の律法5書を手始めとして預言者、諸書なども当時のヘレニズム世界の通用語であるコイネー・ギリシア語に翻訳されるようになりました。 最も広く流布した訳本がいわゆる七十人訳(セプトゥアギンタ)と呼ばれるものです。伝説によればこの翻訳はエジプト王プトレマイオス2世(在位紀元前285〜247年)の命令で七十二人のユダヤ人学者が共同して七十二日間で完成したと言われていますが、これはあくまでも伝説であって史実ではないとも言われます。 この七十人訳の流布本の順序が後にキリスト教会の旧約聖書 に影響を残しました。順序だけではなく、内容についても七十人訳の影響は大きいものです。七十人訳には、後にへブル聖典から排除された十数巻の書物が含まれていました。トビト書、ユデト書、ベン・シラなどもそのうちの主なものです。しかし、紀元1世紀末にユダヤ教の正統派が「正典」を決定し、上の表にある24巻に限定して、それ以外の文書を排除してしまい、さらに後代になるとこれらを異端の書として禁じたため、キリスト教会を通じて保存されるようになりました。 これら十数巻の書物は「外典」と呼ばれていますが、そのうちのあるものは、ローマ・カトリック教会では正典の中に数えられ、あるものは正典に準ずる「第二正典」として扱われています。中世の宗教改革際には、マルチン・ルターが聖書のドイツ語訳をしたときに、正典をへブル聖典と同様な位置に合わせたので、外典を「有益で読むのによい」としましたが、教理の正しい基準とすることはできないとしたので、プロテスタント教会はそれに従って現在に至っています。 |
ヘロデ家・家系図 |
| ヘロデ王 | |||||||
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| マカベア家の王女 マリアンメ |
大祭司シモンの娘 マリアンメ |
サマリヤ人マルタケ | クレオパトラ | ||||
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| アリストブロス | | | | |
ヘロデ・ピリポ (マタイ14章3節 マルコ6章17節) |
領主ヘロデ・アンティパス (マタイ14章1節、マルコ6章 14節、ルカ9章7節) |
アケラオ | ピリポ、イツリヤの領主 (ルカ3章1節) |
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| ヘロデ・アグリッパ1世 (使徒行伝12章1〜23節) | | | |
ヘロデヤ (マタイ14章3節、マルコ 6章17節) |
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| ヘロデ・アグリッパ2世 (使徒行伝25章13節) |
ベルニケ (使徒行伝25章13節) |
ドルシラ・ペリクスの妻 (使徒行伝24章24節) |
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